November 27, 2009

アメリカの2008年9月から2009年9月の12ヶ月の雇用状況の話だが、
この間に、無職の人口が600万人増加した。
ここですごいのは、5700万の職が失われ、
5100万の新たな雇用が発生した結果が600万人であるということ。
すさまじい再雇用の勢いであり、
どうりでクビになった友人たちはわりと能天気なわけだ。
たった12ヶ月の間に、
9人が仕事を失いそのうち8人が仕事を見つけるというプロセスを
600万回繰り返してこうなったということ。

日本政府がつぶれかけの大型業界の雇用を守るために
補助金を投入し延命措置を行い、
銀行がやらせることの無いバブル世代の高給取りを守り、
労働組合が半死状態の航空会社にトドメをさし、
解雇された人が
「私は前と同じ業界じゃなきゃ働かない介護の仕事なんてしたくない」と言い、
「派遣村」に押し寄せた人々が職を探す時間を惜しんでキレている間に、
アメリカでは僕達の目の前で今もすさまじい勢いで
雇用能力・競争力のある会社や産業に労働力がシフトしている。
長期的にはこの新陳代謝の高さが
アメリカの回復力に大きく影響するだろう。

こういう違いを目の当たりにして生活していると、
日本もそろそろドロドロになった血液をなんとかしないと
ポックリいってしまうのではと心配になります。

私が起訴されている証券取引法違反の粉飾が成長性を偽った重大な犯罪と言われているのとは対照的である。私の場合、現在実刑が言い渡されている状態だが、仮に百歩譲って有罪だとしても過去の山一証券やカネボウの粉飾額と比べて桁が2つくらい違う。でも彼らは実質破綻状態を偽った粉飾。こちらは健全経営でも成長性を偽ったから重罰という司法の判断である。

マスコミも司法も権力を握るものには優しく、私みたいなチンケな虫けらには厳しくということなのだろう。

November 25, 2009
Ahhhhhhhhhhhhhhhhhhhh

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November 24, 2009
November 20, 2009
・・・・・!

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November 15, 2009

心の病的無敵の人について

oosawatechnica:

showyou:

oosawatechnica:

ひろゆきさんが「無職で社会的信用が皆無の人」を「無敵の人」とかつて言いましたが、現在「心の病的無敵の人」に振り回されて本当に困っている。

私が定義する「心の病的無敵の人」っていうのは、

  • 会社が簡単に自分を解雇することができないと言うことを知っている
  • 同僚は自分が悪者になりたくないって思ってることを知っている
  • 自分が心療内科に通っておりその種の薬を飲んでいることを誰に知られても良い

ってかんじの人を指す。

具体的なことはかけないけど、周りは最大限気を遣ってるし、全ての仕事はまずその無敵の人がやりたい仕事を選び、残りをみんなで分けてやってる。しかも無敵の人が泣きわめいて仕事を放り投げたら残りのみんなで拾ってる。でまた泣きわめいてやっぱりやるって言ったら渡す。みんなちょっと不満はあるけど、ちょっと何か言うとすぐ深いため息ついて荷物をバーン!と自分の机においたりなんかして、その後その種の薬をボリボリこれ見よがしに食べ始めるから、怖くて近寄れずなにもいえない。

私を含めみんな、その人が悪いんじゃなくて病気なんだから、責めたり嫌ったりしちゃだめだ、って気持ちがすごくて、最近は心の均衡を図るために何とか笑いに昇華することを覚えた。この状況ネタになるよね、とかそういうことをひっそり言ったりすることで何とか、モヤモヤを回避している気がする。

でもまあ、あえて私が先陣を切って言うけど、ずるい。負の感情をパブリックにばらまくことのずるさ、ひどさを全くわかってない。

誰しも、負の感情や負の過去ってあるよ。公共の場で言ったりしないだけで、みんな何か抱えてる。

で、そういうのを分かち合うために、めんどくさいプロセスを経て打ち解ける親友を作ったり、親と食事に行って大人の関係を作ったり、彼氏つくったり、結婚したり、子供作ったりするんだと思う。私は明るく面倒見の良い人だと思われてるが、夫から見た私は別人だと思う。それは私から見た夫も同じだ。なぜならお互いに、負の感情や負の過去を知っているからだ。夫婦でいること、家族でいることはめんどくさいことが9割だが、負の受け入れ、昇華の環境として適していると考える。これは友情や恋愛感情も一緒だと思う。

それらのいわゆるめんどくさいプロセスを一切否定しておきながら、負の感情の請負を同僚にさせるのは間違ってる。私たちは会社に出会いを求めてきたんじゃなくて、仕事を求めてきてる。お互いに気持ちよい仕事をするプロセスを経て友達になるという場合はあるけど、あくまでプロセスを経て、であって、ただの同僚にそこまでの関係は無い。

って書いたけど、やっぱり病気なんだからしかたがないってことで我慢するしかないのかな。この text を 笹舟に乗せて、tumblr という川に流して、また明日から笑って過ごすことにします。

コメントしづらいですが、まず自分たちもいやなことあるからそれを受け入れるのは当然、って感覚は間違いで、その積み重ねが今の疲弊社会を生んでることは多分ある。病気と仕事に関しては産業医とかと相談じゃないんですかね?あとあいつが病気なおかげで楽な仕事を取ってるって発想自体も部署として終わってる気がします。むしろその人をうまいとこに配置して成果を上げさせてお互いWin-Winな関係を作るのが上司の役割とかじゃないんでしょうか。

おそらくこの種のコメントはあるだろうな、と思ってました。正論でいえばおっしゃるとおりなんですが、世の中産業医がいたり部署を作れたりうまいこと配置させる場所がある規模の会社ばかりではないことを是非ご理解いただければ幸い。とはいえ私が働いている会社は遅刻欠勤に関してとても寛大で、私も自身の病気や子供の病気の時も寛大な措置を頂いて、とても感謝してます。今までいくつか会社に所属してきたけど、こんなにありがたい会社はない、ってくらい良い環境です。

「自分たちもいやなことあるからそれを受け入れるのは当然」とは書いていないと思います。「自分たちも嫌なことがあるけど無関係の人にその気持ちをぶつけることはしていないのに、何故自分たちが理由無く負の感情をぶつけられなくてはならないのか」というジレンマを書いたつもりです。いつもよくわからないことで怒り、わめき、泣かれるので、こちらも困惑しているのです。怒り、わめき、泣かれるというのは比喩ではなく事実です。怒ると机の上に物をたたきつけ、人を部屋のコーナーに追い詰めてわめき、処理落ちするときは泣きます。悔し泣きってかんじではなく、わーんと泣く感じ?いずれにしても、全ての感情がだだ漏れってかんじです。

今こうして書いていて気づいたけど「私は会社に仕事をしにきてるのであって、なれ合うために来てない」って言いたいのかも。酷い言い方だけど、私も聖人君主じゃないし、心が強いわけでもない。「愛されたい!」って気持ちがバンバン出てるのはとてもよくわかるけど、正直それを受け止めるだけの関係性や度量のある人は会社にはいない。親や友達が手をさしのべるべきだと思う。

でこうやって文章にまとめると、なんかすごい自分が悪人のような、冷たい人間のような気がして本当に申し訳ないんだけど、助けてあげることはできない。彼女の「愛されたい!」って気持ち、受け止めたが最後、私の家庭や私の人生が崩壊するほどの威力がありそうだから。

November 14, 2009